活字耽溺者の書評集

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【産経新聞より転載】 『モッキンバードの娘たち』 ショーン・ステュアート著 鈴木潤訳 東京創元社

モッキンバードの娘たち (海外文学セレクション)

※本記事は2016年6月5日付産経新聞読書面に掲載された書評の転載です。

コミカルな「継承」の物語

「才能(ギフト)はときに、拒むことのできないものである。」

 本書の主人公トニ・ビーチャムの母エレナの墓石に刻まれた言葉だ。長女であるトニは冒頭、母の葬式のさなかに、この言葉に対して、「わたしは断固として拒む」と強い意志をあらわにする。母の奔放で嘘つきな性格や浮気性、何より未来を予知したり人の心を読んだりできる魔術めいた能力のせいで起こるトラブルに辟易していたためだ。

 そんな強い反発心から、保険数理士という数理の専門職に就き、恋愛経験も少ないまま堅実に生きて、現在三十歳。母の死で、新たな人生をスタートできる。そう思っていたところへ、母が使役していた小さな神々とでもいうべき奇妙な六人の「乗り手」たちがトニにも憑依し始める……。

 こうして、テキサス州ヒューストンを舞台に、望まぬ才能を授けられてしまったトニの苦労話が展開していくのだが、実はそれはサブプロットにすぎない。なぜなら、彼女は葬式の直後、年齢からくる焦りから、独身にもかかわらず人工授精をして懐妊し、食欲の減増や悪阻といった妊娠体験談がメインとなっていくからだ。あくまでも自分の人生を生きるために。

 しかし、思うようにいかないのも人生で、彼女は勤め先から突然解雇を言い渡され、生活の危機に直面する。輪をかけるようにして異父姉の存在の発覚、妹の結婚といった家族問題が浮上し、悪魔払い、油田投資、先物取引などの話も絡みだして、まさしく波乱万丈、てんやわんやの状態となる。

 このように一癖も二癖もある作品であるが、陰鬱さはほとんどない。むしろ、登場人物たちのコミカルなやり取りに、笑いを堪えるのが難しいほどだ。巻き起こる出来事の数々がトニへの贈り物となって収斂していく過程も心地よい。

 著者はアメリカのファンタジー作家で、本書は1999年の世界幻想文学大賞およびネビュラ賞の最終候補に選ばれた。母から娘への継承を描いた家族小説であり、娘から母への成長小説でもある、極めて普遍的かつユニークな作品だ。

 

モッキンバードの娘たち (海外文学セレクション)

モッキンバードの娘たち (海外文学セレクション)